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東京地方裁判所 平成4年(ワ)771号 判決 1994年10月19日

甲事件・丙事件原告

朋友株式会社

右代表者代表取締役

櫻町朋樹

右訴訟代理人弁護士

藤本勝也

甲事件原告訴訟復代理人・丙事件原告訴訟代理人弁護士

泉進

乙事件原告

株式会社スペース・プランニング

右代表者代表取締役

森茂こと森康敬

右訴訟代理人弁護士

上西裕久

新谷謙一

甲事件・乙事件被告

学校法人昭和薬科大学

右代表者理事

上田博之

右訴訟代理人弁護士

村山芳朗

右訴訟復代理人弁護士

吉岡讓二

丙事件被告兼甲事件・乙事件補助参加人

鈴木幸子

右訴訟代理人弁護士

池部敬三郎

井上晴孝

主文

一  甲事件・丙事件原告朋友株式会社及び乙事件原告株式会社スペース・プランニングの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、全事件を通じて、甲事件・丙事件原告朋友株式会社及び乙事件原告株式会社スペース・プランニングの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

(甲事件)

一  請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金二億円及びこれに対する昭和六三年一〇月二九日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

(乙事件)

一  請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金二億円を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

(丙事件)

一  請求の趣旨

1 被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和六一年一一月一一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は被告の負担とする。

3 仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

(甲事件)

一  請求の原因

1 当事者

原告朋友株式会社(以下全事件を通じて「原告朋友」という。)は、船舶の売買、保有、運営業務及び土地、建物の売買、仲介及び管理業務を営む株式会社であり、被告昭和薬科大学(以下全事件を通じて「被告大学」という。)は、教育基本法及び学校教育法に従って学校教育を行う学校法人である。

2 貸金返還請求(主位的請求)

(一) 原告朋友は、昭和六一年一一月一一日、当時被告大学の理事兼学長であった補助参加人(丙事件被告)鈴木幸子(以下全事件を通じて「被告鈴木」という。)を通じ、被告大学に対し、利息、弁済期の定めなく、左記の特約付で金二億円を貸し付ける旨約し、同日、被告鈴木に金二億円を交付した(以下「本件貸付け」という。)。

(1) 原告朋友と被告大学との後記3(一)記載の専任業務委託契約が履行された場合、移転先での土木造成工事及び建築工事の施設全般のプランニング料として事業費約三〇〇億円に対する二パーセントの約六億円を原告朋友が取得することにより、原告朋友は右貸金返還請求権を放棄する。

(2) 被告大学が専任業務委託契約を履行しなかった場合、被告大学は、直ちに、右二億円を原告朋友に返還する。

(二) 原告朋友と被告大学間の専任業務委託契約は、被告大学の学内人事をめぐる不正追及の対立が判明し、履行されないことが確定した。

3 業務委託契約に基づく報酬請求又はその債務不履行に基づく損害賠償請求(予備的請求)

(一) 原告朋友及び乙事件原告株式会社スペース・プランニング(以下全事件を通じて「原告スペース・プランニング」という。)(以下、全事件を通じて右両名を「原告ら」という。)は、昭和六一年一一月一一日、当時被告大学の理事兼学長であった被告鈴木を通じ、被告大学との間で、被告大学校舎移転に係る左記業務(以下「本件事業」という。)につき、委託料(報酬及び費用)を事業費の二パーセントとする専任業務委託契約(以下「本件業務委託契約」という。)を締結した。

東京都町田市東玉川学園三丁目所在の移転先敷地において実施する被告大学の移転計画の総合プランニング

(1) 右計画の移転先での土木造成工事及び建設工事等の施設全般についての一切のプランニング

(2) 右計画に関して生じる東京都世田谷区弦巻五丁目所在の跡地有効利用についての一切のプランニングと販売の専任委託

(二) 本件業務委託契約に基づき、原告らはその履行のため種々の準備行為を行い、費用を出捐し、本件事業を遂行しようとしたところ、被告大学は、本件業務委託契約の効力を否認し、かつ、本件事業を原告ら以外の者に実施、完了させたので、原告らは、本件業務委託契約上の債務を履行することが不能となった。

右履行不能は、被告大学の責めに帰すべきものであるから、原告らは、被告大学に対し、反対給付である(三)の業務委託料(報酬及び費用)の請求権を有する(民法五三六条二項)。

また、被告大学は本件業務委託契約を履行する意思なく、その効力を否定するのであるから履行不能に当たり、右のような場合、原告らは、本件業務委託契約を解除しなくとも、被告大学の業務委託契約の不履行に基づく(三)及び(四)の損害賠償請求権を有する。

(三) 本件業務委託契約履行により取得し得た利益

(1) プランニング料 金一七億五一五四万円

① 町田市の移転先での土木造成工事及び建築工事の施設全般のプランニングにつき、事業規模金三〇〇億円に対する二パーセントとして金六億円

② 世田谷区弦巻の跡地有効利用のプランニングにつき、「仮称ハビタシオン弦巻」建設計画の売上額金五七五億七七〇五万円に対する二パーセントとして金一一億五一五四万一〇〇〇円

(2) リベート料 金三億円

本件事業の建築費(造成、取壊し、外溝工事、設計管理を含む。)は一〇〇億円に達し、このような工事を発注することができる立場の原告朋友は、通常その三パーセント程度のリベートを取得することが予定される。

計 金二〇億五一五四万一〇〇〇円

(四) 原告朋友は、本件事業の準備のため次の経費を負担した。

(1) 有限会社都平企画設計事務所の設計、企画料 金四二六〇万円

(2) 接待交際費 金八五二万七一〇三円

(3) 人件費、コンサルタント料 金三〇〇〇万円

計 金八一一二万七一〇三円

4 不法行為に基づく損害賠償請求(予備的請求)

仮に、被告鈴木が、本件貸付け及び本件業務委託契約につき、他の理事の同意を得ず、また、寄附行為等に定める手続を経なかったとしても、民法四四条、同七一五条により、被告大学は、原告朋友に対し、賠償義務を負う。

(一) 被告鈴木の具体的行為及び経緯

(1) 昭和六一年一〇月ころ、原告スペース・プランニング代表者が、原告朋友代表者を訪ね、被告大学の理事の不正の事実を挙げて、理事兼学長である被告鈴木に力を貸してほしいと申し出、不正を働いている理事を退職させたいが、規定の退職金では退職しないので、被告鈴木経由で被告大学に対し、必要な退職金相当の金員を融資してほしい旨申し込み、原告朋友は、被告鈴木が被告大学を代表して右借入れを行い、原告朋友に対し、学校移転跡地を売却してくれることを条件に承諾した。

(2) 原告朋友代表者は、昭和六一年一一月一一日午後一時、キャピタル東急ホテルの一室で被告鈴木と会談し、その結果、原告らと被告大学との間で、前記3(一)の本件業務委託契約を締結し、その際、本件業務委託契約の実行期日を昭和六二年一月末日とすることに合意した。

原告朋友代表者は、被告鈴木に対し、右同日、前記2(一)の貸付金として現金二億円を直接交付し、被告鈴木の指名で、学長代理人として、鶴谷幸雄(以下、「鶴谷」という。)が預り証を交付した。

被告鈴木は、その際、理事会は自分の支持者で固められるし、教授会始め、学校職員、学生はすべて自分を支持しているので、本件業務委託契約の履行に心配はないと確約した。

(3) ところが、被告鈴木は、実行日の昭和六二年一月末日を経過しても本件業務委託契約を全く履行しなかったばかりか、前記二億円は不良理事の退職金等には全く使用されず、関係者が山分けにしてしまった。

(二) 以上のように、被告鈴木は、本件業務委託契約があたかも履行されるかのごとく装って、原告朋友を欺罔し、貸金名下に金二億円を詐取した。

右被告鈴木の行為は、外見上は理事としての職務行為であり、被告大学は被用者たる被告鈴木が職務を執行するについて不法に原告朋友に与えた損害について賠償する責任を負う。

(三) 損害

前記3(三)、(四)と同じ。

5 よって、原告朋友は、被告大学に対し、主位的に金銭消費貸借契約に基づき元金二億円の返還、予備的に本件業務委託契約の報酬請求権に基づき、報酬等一七億円のうち金二億円、又は業務委託契約の債務不履行による損害賠償請求権若しくは不法行為による損害賠償請求権に基づき、損害金二〇億五一五四万一〇〇〇円のうち金二億円及びこれらに対する訴状送達の日の翌日である昭和六三年一〇月二九日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求の原因1ないし3について、被告大学が教育基本法及び学校教育法に従って教育を行う学校法人であること、被告鈴木が昭和六一年一一月一一日当時被告大学の学長及び理事であったことは認めるが、その余の事実は知らない。

2 請求の原因4の事実は知らない。仮に被告鈴木が被告大学を代表する権限があるかのごとく装って原告らと業務委託契約を締結したとしても、右被告鈴木の行為は被告大学の理事としての職務行為ではない。

三  抗弁

1 理事の代表権についての制限(請求の原因2、3に対し)

(一) 被告大学は、私立学校法三条の学校法人である。

(二) 被告大学の業務については、理事会が決定し、業務の重要事項は評議員会の議決又は意見を聞くことが必要とされ、理事長のみが被告大学を代表し、理事長以外の理事は被告を代表しない定めである(私立学校法三七条一項ただし書き、被告大学の寄附行為八条、同九条)。

(三) 昭和六一年一一月一一日当時、被告大学の理事長は上田博之であり、被告鈴木は被告大学の学長及び理事であった。

(四) 被告大学の理事会及び評議員会は、本件貸付けや本件業務委託契約の締結について審議をしたことはなく、理事長の上田も全く関与していないし、何人にも右各行為についての授権、委任をしたことがない。

したがって、被告鈴木は、右各行為について、被告大学を代表する権限を有していなかったのであり、原告朋友の主張する各契約は、被告大学に対し、効力を生じない無効な契約である。

2 原告朋友の悪意、重過失(請求の原因4に対し)

原告朋友は、本件貸付け及び本件業務委託契約における被告鈴木の行為が、被告大学の業務の執行ではないことを知っていた。仮にそうでないとしても、一部の理事を退職させるために被告大学の評議員会、理事会等がいかなる決議をしているか等を調査していれば、被告鈴木の行為が被告大学の業務執行ではないことを容易に知り得たものであるから、これを全く行っていない原告朋友には重大な過失がある。

3 消滅時効(請求の原因4に対し)

(一) 原告朋友は、遅くとも昭和六二年九月初旬までには、損害及び加害者を知っていたところ、それから三年後の平成二年九月初旬は経過した。

(二) 被告鈴木は、平成六年七月二〇日の本件口頭弁論期日において、被告大学の補助参加人として、右時効を援用する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1(一)、(三)の事実は認め、同(二)、(四)の事実は知らない。

2 抗弁2の事実は否認する。

3 抗弁3(一)の事実は否認する。消滅時効の起算日はいまだ到来していない。

五  再抗弁(抗弁1に対し)

(理事の代表権制限についての原告朋友の善意)

学校法人の理事は、各自代表権を有し、理事の代表権が寄附行為の定めによって制限されるとしても、それに反して行った行為については、民法五四条が準用され、学校法人が寄附行為によって各理事の代表権に加えた制限は善意の第三者に対抗することができない(私立学校法四九条)。

そして、原告朋友は、昭和六一年一一月一一日当時、被告鈴木が単なる理事ではなく、学長としての肩書を有していたこと等から、被告鈴木の理事の代表権限に制限があることを知らなかった。

したがって、被告大学が寄附行為によって各理事の代表権に加えた制限は、善意の第三者である原告朋友に対抗することができない。

六 再抗弁に対する認否

否認する。原告朋友は、鶴谷、原圭吾らから、被告鈴木が、被告大学校舎移転計画に反対し、昭和六一年四月二三日に被告大学理事長柴田はなが死去したことに伴って、同年七月二八日に後任として上田博之理事長を選任した評議員会、理事会決議の無効を主張していることをあらかじめ聞いており、その目的達成のため、被告鈴木に与しない被告大学の理事らを退職させるための資金を援助し、その資金援助の弁済方法の手段として本件業務委託契約を締結したものである。原告朋友は、右の点に関する被告大学内の書類を示されていた。以上のように、被告大学校舎移転、理事長選任について争っている被告鈴木を支援しようとした原告朋友は、当然、被告大学の寄附行為、私立学校法の定めを知っており、被告鈴木が被告大学を代表する権限のないことを知っていた。

七 再々抗弁

(重過失)

仮に、原告朋友が、被告鈴木に被告大学を代表する権限があるものと信じていたとしても、そのことについて重大な過失がある。

1  本件貸付けや本件業務委託契約は、その動機が、被告鈴木が被告大学の移転計画に反対し、上田理事長選任の効力を争うことを支援することにあったものであるから、原告朋友は少なくとも被告大学の理事長、学長の権限について被告大学に問い合わせるか、被告大学の寄附行為、学則等によって調査するべきであるのに、これを全く行っていない。

2  原告朋友は、一部理事を退職させる退職金支給のため金員が必要であるとの要請によって、金二億円を貸し付けたと主張しているが、それら一部理事を退職させるために被告大学の評議員会、理事会等がいかなる決議をしているか等を調査していない。

3  被告大学の全面移転、移転後の跡地利用について、被告大学の理事会、評議員会でどのように決議され、どのような計画と審理手順を踏んでいるか等を確かめておらず、契約に基づく準備行為も被告大学と打合せの上で行っていない。

八 再々抗弁に対する認否

否認する。

(乙事件)

一  請求の原因

1 業務委託契約に基づく報酬請求又はその債務不履行に基づく損害賠償請求

甲事件の請求の原因3(一)、(二)、(三)と同旨

2 不法行為に基づく損害賠償請求

仮に、被告鈴木に被告大学を代表する権限がないため、本件業務委託契約が有効に成立していないとしても、民法四四条により、被告大学は不法行為による損害賠償責任を負う。

(一) 被告大学の理事であった被告鈴木は、被告大学を代表する権限がないにもかかわらず、これがあるかのように偽装して原告らを欺罔して原告らに本件業務委託契約を締結させた。

(二) 原告らが右不法行為によって被った損害額は、甲事件の請求の原因3(三)と同じ約二〇億円である。

3 よって、原告スペース・プランニングは、被告大学に対し、本件業務委託契約に基づく委託料支払請求若しくはその債務不履行に基づく損害賠償請求の一部請求として、又は不法行為に基づく損害賠償請求の一部請求として、金二億円の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

甲事件の請求の原因3及び4に対する認否1、2と同旨

三  抗弁

1 理事の代表権についての制限(請求の原因1に対し)

甲事件の抗弁1と同旨

2 債権譲渡(請求の原因1に対し)

原告スペース・プランニングは、野崎政経事務所、代表野崎俊子に対し、昭和六三年六月二八日、本件業務委託契約の受託者たる地位、すなわち契約上の権利義務の一切を譲渡した。

3 原告スペース・プランニングの悪意、重過失(請求の原因2に対し)

原告スペース・プランニングは、本件業務委託契約における被告鈴木の行為が被告大学の業務の執行ではないことを知っていた。仮にそうでないとしても被告大学の移転計画について、被告大学の理事会、評議員会でどのように決議されたか等を確かめておらず、契約に基づく準備行為も被告大学と打合せの上で行っていないから、原告スペース・プランニングには重大な過失がある。

四  抗弁に対する認否

1 甲事件の原告朋友の抗弁に対する認否1と同旨

2 抗弁2の事実は否認する。原告スペース・プランニングは野崎政経事務所に被告大学に対する交渉を依頼したため、交渉上便宜的に、原告スペース・プランニングから野崎政経事務所、代表野崎俊子へ本件業務委託契約上の権利を譲渡する形式を取ったにすぎない。

3 抗弁3の事実は否認する。

五  再抗弁

(理事の代表権制限についての原告スペース・プランニングの善意)

法人の理事に加えた代表権の制限は善意の第三者に対抗することができない(民法五四条)。原告スペース・プランニングは、本件業務委託契約締結当時、被告大学の寄附行為の内容を確認しておらず、理事の代表権が制限されていることを知らなかったものである。原告スペース・プランニングは、被告大学の登記簿謄本により、被告鈴木が被告大学の理事であることを確認し、しかも同人が被告大学の学長であることから、真実被告大学の代表者であると信じて、同人を通じて本件業務委託契約を締結した。

六 再抗弁に対する認否

否認する。その理由は「原告朋友」を「原告スペース・プランニング」とするほかは、甲事件の再抗弁に対する認否と同じ。

七 再々抗弁

(重過失)

仮に、原告スペース・プランニングが、被告鈴木に被告大学を代表する権限があるものと信じていたとしても、そのことについて重大な過失がある。その具体的根拠は「原告朋友」を「原告スペース・プランニング」とするほかは、甲事件の再々抗弁1、3と同じ。

八 再々抗弁に対する認否

否認する。

(丙事件)

一  請求の原因

1 被告鈴木の具体的行為及び経緯は甲事件の請求の原因4(一)と同じ。

2 以上のように、被告鈴木は、本件業務委託契約があたかも履行されるかのごとく装って、原告朋友を欺罔し、貸金名下に金二億円を詐取した。

よって、原告朋友は、被告鈴木に対し、不法行為に基づく損害賠償請求として、損害金二億円のうち一部請求として金一〇〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六一年一一月一一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1のうち、甲事件の請求の原因4(一)(2)に相当する事実は否認し、その余の各事実は知らない。

三  抗弁

(消滅時効)

1  原告朋友は、遅くとも昭和六二年九月初旬までには、損害及び加害者を知っていたところ、それから三年後の平成二年九月初旬は経過した。

2  被告鈴木は、平成四年三月四日の本件口頭弁論期日において、右時効を援用する旨の意思表示をした。

四 抗弁に対する認否

抗弁1の事実は否認する。消滅時効の起算日はいまだ到来していない。

第三  証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

(甲事件)

第一  主位的請求について

一  請求原因事実のうち、被告大学が教育基本法及び学校教育法に従って学校教育を行う学校法人であること、被告鈴木が、昭和六一年一一月一一日当時、被告大学の学長及び理事であったことは当事者間に争いがない。

二  本件貸付けの存否

1 原告朋友代表者尋問の結果(第一回、第二回)、原告スペース・プランニング代表者尋問の結果、証人鶴谷幸雄の証言、これらによって真正に成立したと認められる甲第一、第三、第四、第一一、第一二号証(第一、第一一、第一二号証のうち公証人作成部分の成立については争いがない。)によれば、以下の事実が認められる。

(一) 昭和六一年一一月一一日、キャピタル東急ホテルの一室において、原告朋友代表者、原告スペース・プランニング代表者、被告鈴木及び鶴谷が会談した。被告鈴木が被告大学の理事兼学長であることは、右会談前に原告ら代表者に知らされていたが、当日も改めてその紹介があった。

(二) その席上、委託者を被告大学、受託者を原告らとする被告大学の移転計画に関する業務専任委託契約書(甲第一二号証。その内容は、原告朋友の主張する本件業務委託契約のとおりである。)に、被告鈴木が、委託者とされている被告大学の学長の肩書で署名し、被告大学において学長としての決裁に使用している鈴木名義の印鑑により押印して、原告ら代表者に交付した(なお、後日、被告鈴木が被告大学において使用している記名用のゴム印により同様の肩書で記名し、被告鈴木個人の実印により押印した同一内容の契約書(甲第一号証)を重ねて交付した。)。

(三) 右に引き続いて、原告朋友代表者から被告鈴木の面前で現金二億円が差し出され、被告鈴木はこれを受領した。そして、被告鈴木の私設秘書を名乗っていた鶴谷が、「本日、別紙業務専任委託契約書により2億円預りました。専任委託契約破棄の場合は返済します。業務専任委託契約終了時、本預かり書は破棄し受け取った金額は返済しないものとする。」と記載された預り書(甲第三、第一一号証。そのいずれがその場で作成されたものかについては、各供述ないし証言間に食い違いがあり、明確ではない。なお、甲第三号証のうち鶴谷の署名に付記してある「鈴木学長代理人」との記載は、後日、原告朋友代表者が書き加えたものである。)に署名押印して、原告朋友代表者に交付した。

2 これに対し、被告鈴木本人は、二億円の授受及び自己の署名押印した書面が専任業務委託契約書であることの認識があったことを否定する供述をしている。しかし、二億円の授受が被告鈴木の面前で行われたことは、原告ら代表者及び証人鶴谷の一致して述べるところであり、かつ、被告鈴木が右契約書に署名押印したこと、その後契約書を実印を用いて作り直したことに関する被告鈴木本人の供述は不自然であり、結局全体として信用し難く、右認定を覆すには足りない。なお、被告鈴木が右二億円を持ち帰ったとまでは認められないが、後の処置を鶴谷に任せて立ち去ったものと認められるのであり、受領者は被告鈴木と認めるのが相当である。

3 以上の事実によれば、原告朋友から被告鈴木に交付された金員は、単純に贈与されたものでないことは明らかで、専任業務委託契約の履行によって原告朋友が得られる見込みの巨額の委託料の内から二億円を成約の謝礼ないし証として委託者側に割り戻す趣旨で預けられたものであり、約束どおり契約の履行がされれば返還を要しないが、履行がされないときは、返還すべきものと解することができる(その使途については、別に検討する必要があるが、金銭消費貸借契約において借受金の使途が金員授受の性質に影響がないのと同じく、本件の二億円の授受の趣旨にも影響しないものというべきである。)。したがって、これを原告朋友主張のように特約付の貸付けとみるか、停止条件付の贈与とみるか、これらの混合契約とみるかには、なお検討すべき点があるが、いずれにしても、一定の場合に返還すべき約束がある金員ということになる。そして、その預り主は、これと密接不可分に締結された専任業務委託契約の形式から考えて、外形上、委託者である被告大学の学長たる被告鈴木ということになり、被告鈴木が被告大学の理事でもあることも表明されていたのであるから、被告鈴木が被告大学を代表して預ったと認められる。

三  抗弁1(理事の代表権の制限)について

抗弁1(一)、(三)の事実は当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したと認められる乙第一、第二号証、被告鈴木本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、抗弁1(二)、(四)の事実が認められる。

四  再抗弁(理事の代表権限についての原告朋友の善意)について

1 原告朋友代表者は、被告鈴木が被告大学の学長であり、学長は会社の社長のようなものであるから、本件貸付け及び本件業務委託契約の締結について被告大学を代表する権限があると考えていたと供述している(第一回)。右の供述自体、同供述により真正に成立したと認められる甲第二二号証によって認められる原告朋友代表者の経歴等に照らして、にわかに信じ難いところであるが、更に検討する。

2 原告朋友代表者尋問の結果(第一回)により同人が弁護士に相談せずに自ら作成したと認められる丙第七号証には、昭和六一年一〇月ころ、原告朋友代表者は、原告スペース・プランニング代表者から、被告大学の学長である被告鈴木を支援するために、金を出してほしいと頼まれたこと、その際、被告スペース・プランニング代表者は、被告大学の理事が不正を働き学校に不利益をもたらしているとの学校内の書類、学長である被告鈴木が裁判所に提起していた上田理事長の選任無効の訴えの関係書類、マスコミが取り上げた記事のコピー、被告大学の理事長及び一部の理事が勝手に町田に土地を購入して進めているという移転計画関係ないし理事長らが特定の大手建設会社と癒着して作成したという設計計画関係の書類(原本の存在及び成立に争いのない甲第七号証がこれに当たる。これによれば、既に昭和六〇年一一月一日の段階で設計施工会社の固有名詞も記載された移転計画書が作成されていたことが認められる。)等を持参して、これでは学校の本来の目的である勉学、研究を無視した設計で研究活動ができない、被告鈴木としては不正を働いている理事長を退職させたいが、規定の退職金では退職しないので、被告鈴木に金を貸してほしいとの申出をしたこと、これに対し、原告朋友代表者は、学長である被告鈴木が直接自分から借り入れて、公正な価格にて跡地を売却してくれるなら引き受けると返答したこと等が記載されている。

右記載によれば、前記二億円の授受に際して、原告朋友代表者は、被告大学に学長とは別に理事長がいること、学長である被告鈴木は理事長と対立しており、その退陣を工作することをもくろんでいること、そのため、被告鈴木の側で資金を必要としていることを認識していたものと認められる。原告朋友代表者尋問の結果(第一回、第二回)中には、これに反する部分があるが、右記載に照らし、信用し難い。証人鶴谷も、ほぼ右認定に沿う証言をしている。

そして、原告朋友代表者尋問の結果(第一回)によれば、原告朋友代表者は、二億円の交付に至るまでに、被告鈴木が被告大学においてどのような評価を得ているか等について調査したことが認められる。また、右尋問の結果によれば、原告朋友代表者は、被告鈴木に対し、専任業務委託契約書の記名押印のやり直しを求めながら、被告鈴木個人の実印の押捺を求め、被告大学の学長ないし理事としての公印(代表者印)の押捺を求めなかったこと、自ら用意した二億円の預り書(もとより、被告大学の正式のものでないことが明白である。)には、被告鈴木の私設秘書を名乗る鶴谷の署名だけで満足し、被告鈴木本人はおろか、被告大学の正規の肩書を有する者の署名を求めることはしなかったことが認められる。

3  以上の事実によれば、原告朋友代表者が単純に学長は大学の代表者であり、代表者と契約したから被告大学との間の有効な契約であると信じていたとの前記供述は到底信用し得ない。

むしろ、以上の事実からは、原告朋友代表者は、被告鈴木が寄附行為により代表権の制限された平理事であり、代表権を有する理事長は別にいることを承知の上で、近い将来被告鈴木が理事会において実権を握ることに期待して、二億円の拠出を行ったものと推認することができる。すなわち、原告朋友代表者は、被告大学の理事会の内紛にかかわりを有し、理事長の資格や移転計画をめぐって理事長を退任させる動きまでしている一方の旗頭である被告鈴木に対して、被告大学から正式な領収書をもらえないにもかかわらず、二億円もの大金を交付したものであり、当然、その権限の有無、業務委託契約の履行の可能性等について、調査、検討をしたはずであると推認される。そして、理事長の推進している移転計画については、既に一年以上前から大手建設業者が深く関与しているものの、これに反対し、理事長の退任を画策している被告鈴木に肩入れして、同人が理事長に就任する運びになれば、原告朋友が専任業務委託を受けることができ、巨額の利益を得ることが可能になるものと考えて、その時点では代表権のない被告鈴木を支援して、これを実現させる目的で、資金の提供をすることを了承したものと推認されるのである(原告スペース・プランニング代表者尋問の結果中にも、被告鈴木が理事長になれば業務委託契約は履行されることになり、そうすれば二億円を返してもらわなくても利益が出るとの考えであったとの趣旨の部分がある。)。業務委託契約が履行に至らなかったときの返還条項を預り書に記載したのも、被告鈴木の運動が実らなかった場合を予想してのことと解される。

したがって、原告朋友代表者は、被告鈴木の代表権の欠缺について善意であったとは認められない。

4 よって、主位的請求は理由がない。

第二  予備的請求について

一  業務委託契約に基づく報酬請求又はその債務不履行に基づく損害賠償請求について

1 本件業務委託契約の成立に関しては、前記第一、二、1において認定したとおりであって、これによれば、外形上、被告鈴木が被告大学を代表して原告らと本件業務委託契約を締結したものと認められる。

2 しかし、これに対する抗弁1が認められ、再抗弁が認められないことは前判示のとおりである。

よって、業務委託契約に基づく報酬請求又はその債務不履行に基づく損害賠償請求は理由がない。

二  不法行為に基づく損害賠償請求について

1 本件業務委託契約締結に際しての被告鈴木の行為については、第一、二において判示したとおりである。

2 右被告鈴木の行為が、外形上は被告大学の職務行為であるとしても、第一、四において判示したところによれば、原告朋友代表者は、右行為が被告大学の職務執行行為ではないことを知っていたものと認めることができる。したがって、被告鈴木のした説明の詳細、二億円の現実の使途等について検討するまでもなく、抗弁2は理由があり、原告朋友の不法行為に基づく損害賠償請求は理由がない。

三  以上のとおり、原告朋友の予備的請求もいずれも理由がない。

(乙事件)

第一  業務委託契約に基づく報酬請求又はその債務不履行に基づく損害賠償請求について

一  請求の原因1及びこれに対する抗弁1については、甲事件の第二、一において判示したとおりである(なお、抗弁1についての説示中の乙第一、第二号証の成立については、原告スペース・プランニングと被告大学との間においては争いがない。)。

二  再抗弁(理事の代表権制限についての原告スペース・プランニングの善意)について

前判示のとおり、原告朋友代表者は被告鈴木の代表権の欠缺について善意であるとは認められないところ、原告朋友代表者は原告スペース・プランニング代表者から被告大学の内紛等の話を聞かされたというのであり、証人鶴谷の証言によっても、原告スペース・プランニング代表者は、原告朋友代表者以上に、深く事実関係を認識していたと認められるから、被告鈴木の理事としての代表権に制限があることを知っていたものと認められるのであって、到底善意であったとはいえない。これに反する原告スペース・プランニング代表者の供述は信用し得ない。

よって、再抗弁は理由がない。

第二  不法行為に基づく損害賠償請求について

右第一、二判示のとおり、原告スペース・プランニングは、被告鈴木の理事としての代表権に制限があることを知っていたものと認められるから、請求の原因2(一)の事実を認めることはできない。よって、右請求は理由がない。

(丙事件)

第一  本件業務委託契約締結に際しての被告鈴木の行為については、甲事件について判示したとおりである。右被告鈴木の行為が原告朋友に対する不法行為に当たるか否かを検討するに先立ち、被告鈴木の時効の抗弁について判断する。

第二  抗弁1の事実については、成立に争いのない甲第一〇号証の一、二及び原告朋友代表者尋問の結果(第一回)によれば、原告朋友代表者は昭和六二年一二月には原告朋友が被告鈴木の不法行為と主張している事実を認識していたことが認められるから、遅くともそのころまでに原告朋友代表者は損害及び加害者を知ったものというべきである。そうすると、その三年後の平成二年一二月の経過をもって消滅時効が完成したと認められる。そして、抗弁2の事実は当裁判所に顕著である。

よって、抗弁は理由があり、原告朋友の被告鈴木に対する請求は理由がない。

(結論)

以上のとおり、原告らの請求はいずれも理由がないから、これらを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官大橋寛明 裁判官廣瀬典子 裁判官田中俊次は、出張中につき、署名捺印することができない。裁判長裁判官大橋寛明)

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